探しにいくよ

ひとりごと。

11月は清らかな深海魚

こんばんは。

 

11月が終わりますね。

今日もきれいな夕焼けを見ることができました。

 

とても儲けた気分。

 

ありがと、お日様。

特別にピンクになってくれて。

 

別に、同じような夕焼けの日は、一年中のいつだってあるかもしれないし、特別にきれいな日でもなかったのかもしれないけれど。

 

きれい。

 

そう思えたから、それでいい。

 

自分が歩いていると、自転車が急に飛び出してきたら、危ないって思う。

自分が自転車に乗っていると、猛スピードの車が後ろから来たら、怖い。

自分が車を運転していると、どっちにいくかわからない歩行者が一番嫌。

 

 

歩行者の時。自転車の時。運転中。

いつも自己中心。

 

ごめんね、迷惑かけて。

時にとろくさく、時に突然動き出しているかもしれないけれど、

これでも細心の注意を払って、気をつけているつもり。

 

地動説を信じれば、太陽は私なの?

 

ーーあり得ない。

 

輝くみんなこそ、11月最後の日の、煌めく太陽を浴びて、街の中を闊歩する人々こそ、多数の太陽で、その周りを回る名もなき星、いや、カケラこそが私だよ。

 

誰の迷惑にもならないように、決して輝く星たちにぶつかったりしないように、息を潜めているよ。晩秋の晴れた美しい昼下がりに、軽やかに、能天気に、何も考えずに自転車を漕いでいるように、たとえ他人から見えたとしても、私は沈黙する。

 

そうだよ。

 

私は深海魚だから。

 

真っ暗な海の底を泳いでいるの。

お腹の底を砂地につけながら。瞳孔を開き切って。

 

誰にも迷惑をかけようとなんて思っていない。できれば、私がここで自転車を乗って通り過ぎているなんて、歩いているなんて、私の運転する車が行き過ぎたなんて、

 

誰にも気づかれたくない。

 

食べる価値もない深海魚なの。

 

 

だから、許してね。

こっそりと呼吸するから。時々目を瞑って、何を考えているかわからない時があったとしても、それは、鰓呼吸をしている時なの。命を繋いでいる時なの。目で追いきれない世界の命の輝きを、耳で、全身で感じている時なの。そうしてエネルギーを蓄えて、また深海で泳ぎ出すの。

 

輝くあなたたちの周りで、必死で、漂うから。

 

ちゃんと役目を果たすから。

 

だから、許して。

 

 

誰も傷つけないために。

誰からも傷つけられないために。

 

 

今日の夕焼けが、特別にきれいに見えたのは、多分、理由がある。

 

近くのゴミを拾って、家で捨てた。

 

フルーツジュース? フルーツ牛乳

とにかく、紙パック飲料の飲み終わったゴミが、ポイって道路に捨てられてあって。

 

コロナもインフルもあるし、うぬーっ、って思ったんだけど、決心して、手に取って持ち帰って捨てた。

 

100日1善だよ。

 

え? 次は99日後? 

笑。

 

よくやったぞ。

 

自画自賛してみる夕日は、とてもきれいで。

 

お日様が褒めてくれているようで。

 

わかってるよ。私が私を褒めている。その気持ちで見るから、なんでもない平凡な夕焼けが「特別」に見える。心で欲しい気持ちを鏡のように反射しているだけ。目の前の景色を「見たいと思った、願いが叶った」と、思い込んでいる。もし、曇り空だったら「なんて素敵な雲の重なり!」というんだろうし、雨だったら「なんて静謐な雨・・・!」とかいうのかもしれない・・・笑。

 

でも、いいの。

 

自分の見たい景色を見て、それに素直に心が震える。

 

そんな11月仕舞いは、ただ、幸せです。